小島やよいのアートママ奮戦記

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memory 2:入院中のこと

(memory 1:RQが生まれたときのこと は2006年9月13日)

誕生2日目、RQはNICUのある病院に転院してしまった。
私は帝王切開術後で歩くのもままならない。
後陣痛がつらい。
頭痛がする。
その日はまだ排泄も看護士さん任せ…これってなんとも惨めな気分。
仕方がない、とわかっていても、なんだか落ち込む。
介護される側の心持ちが少しわかったかもしれない。
しかし、担当の看護士さん(Mさん。今でもその人の名前だけは覚えている)が
とても美しい方で、美人コレクターとして名高いFさんに似ている。
なんだかFさんにお世話していただいているようで、恐縮してしまう。
そんな美しい看護士さんが、笑顔でぱっぱと手際良くしてくれて、
ちょっと元気が出る。
やっと、何かにつかまって歩くことができるようになったのは
3日目だっただろうか。トイレに行って帰るまで30分くらいかかった。

病室のほかの人たちは、同じ頃に出産した人ばかりで、
赤ちゃんとの同室が始まり、かわいい泣き声やあかちゃんをあやす声、
お見舞いにきた人たちとの話、だんなさまと赤ちゃんの名前を相談する
様子などが手に取るようにわかる。
私のところにも、母、叔母、妹などが見舞いにきてくれるのだが、
時々辛くなる。後陣痛や術後の処置したところが痛いのと、
赤ちゃんに会えない寂しさと、経過が心配なのと…。夜中に泣いていた。
ちょうど夫は仕事が忙しい時だったのだが、
RQが入院している病院に行って、オムツを替えたり、
抱っこしたりしていたそうで、
私より早くRQを抱っこしたのは父親だったわけだ。

夫が明後日から出張、という夜。
出張前に(つまり明日)名前を決めて、
区役所に出生届を出してもらわないと期限に間に合わなくなる。
会って相談する時間がないので、メールで名前をどうするか、やりとりする。
私は何となく、ありきたりの名前しか思いつかず、
空がきれいな日に生まれたので「空」という字を入れたいけど
難しいなあと思っていたら、夫も同じことを考えていた。
そしてめでたく名前が決まり、ホッとする。

さて、入院中というのは結構忙しい。
泣いているわけにもいかず、容赦なく授乳の訓練が始まる。
マッサージして、絞り出す。
痛いと聞いていたけど、確かに最初は痛い。
でも「道」がつくとお乳が出てくる、出てくる。
実はお乳が出てくる「穴」はひとつずつじゃないのだった。
だんだん勢い良く「シャー」と出るようになると、助産士さんが
「あらすごい、もう射乳しましたね」。
「射乳」ってなんだか恥ずかしい響きじゃない?
とにかく、朝、昼、晩、と、せっせと乳搾りに行っては冷凍保存してもらう。
赤ちゃんが戻ってきたら飲ませられるように。
特に「初乳」と言って最初に出た母乳には、
免疫成分などが多く含まれていて貴重なのだそうだ。

毎日、看護士さんや先生に「どんな様子ですか?」と赤ちゃんの容態を尋ねる。
「だんだん安定してきたようで、思ったより早く帰ってこられそうですよ。」
私もやっと普通に歩けるようになり、待っていた個室も空いて、
RQを迎える準備は万端。
そして「明日、退院です。どなたかお迎えに行けますか?」
行きは紙オムツ一枚で保育器に入ったまま、救急車で行ったけど、
帰りは誰かが迎えに行って、車で帰ってこなければいけないそうだ。
夫は出張中なので、おばあちゃん2人がタクシーで
連れてきてくれることになった。
母に慌てて電話。「着るものをまだ用意してなかったの!
はだかんぼうで行っちゃったから、服を買って、
それを着せて連れてきてもらえる?」
病院にいる間は、産着のようなものが支給されているのだが、
一歩外に出たら自前で着せなければいけないわけで。
退院する前に母に頼めばいいやとのんびりしていたので、焦った。
母は「だいじょうぶよ、まかせて」と笑っていた。

そして待ちかねた王子様が、初めてのおべべを着せられて、
クーファン(かご)に寝かされ、
2人のおばあちゃんたちに大事に連れられて戻ってきた。

ところでいったん外の空気を吸った赤ちゃんは、もう「新生児室」には
戻れないので、「処置室」のような別室に運ばれて検査を受ける。
一日目はそこで様子を見ることになり、次の日から、晴れて母子同室に。

さて、それからが忙しさの本番。
RQを待っていた4日間、「赤ちゃんが戻ってきたら、
寝る暇もないほど忙しくなりますよ。今のうちに体を休めておきなさい」
と言われていたのだが、本当にそうだった。
3時間おきくらいに、熱を測る。オムツを替える。授乳する。
授乳前と後で体重を量り、それを全部記録する。
でもそのときは、忙しいと思うよりは嬉しくて、いそいそ♪とやっていた。

「外来に検査を受けにいってきます」と、看護士さんにRQを託しにいった時。
「はい、お預かりしますよ。大事な宝物ですからね」
と言われて、
「宝物なんだなあ」と実感し、涙が出た。
(産後、とにかく涙腺が緩んでいた私。)

退院間近の頃に、帝王切開後の抜糸。
「糸」じゃなくて針金みたいだった!要するに、ステープルなのだ。
ぱちんぱちん、という音がして、ちょっとチクチクするくらいで
全然痛くないんだけど、ええ!?なになに!?とドキドキ。
そばに飛び散っていた欠片のようなものを見ると、本当に金属の、
ステープルの針だった。びっくり。

6月2日、ようやく退院の日を迎える。
2週間の入院生活、長かった…先生や看護士さん、助産士さんたちには本当に感謝。

今でも、TVで新生児室のベッドに寝かされた赤ちゃんの映像を見ると、
涙腺が緩む。誰の赤ちゃんを見ても「生まれてきて、おめでとう」と思う。
本当に授かりもの、宝物。
それが実感できたのは、RQが生まれて早々、
ちょっとした試練を与えられたからだろう。
このときの「元気に育ってくれるだけで、ありがたい」という気持ちを、
何歳になっても忘れないように、というメモリー。
…親はみんな、最初はきっと、そうなんだろうな。

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コメント (3)

あさがお(まだら):

やよいちゃん
おひさしぶりです。HNはあさがおですが、Choirのまだらです。
RQくん、本当にかわいいですね。愛情たっぷり、冷静に育てていらっしゃる姿はとっても素敵!
本当に天からの授かりもの、、ですね。
また、よろしくね。

こじまやよい:

あさがお(まだら)さま

いえいえ、全然、冷静じゃないんです〜!
あたふたしてばっかりです。ああ。
本当にお久しぶり、
ご結婚のお祝いもしていなくて、ごめんなさい!
おめでとうございます。
また、改めて。

桃色式部(ちゃこ):

ご無沙汰しております。(私、わかります?)
まだらからここのことを聞いて見に来ました。
うちは、長男が生後3ヶ月の時に母子で水疱瘡にかかりました。息子は10日間入院しなければならないほどで、小さな小さな指の間までびっしりと水泡ができて、それはそれはかわいそうでした。
その時は本当に、「命さえ助かれば、障害(高熱で髄膜炎が心配された)が残ろうとかまわない。ただ生きていてくれさえすれば」と思ったものでした。
それから17年。
大学受験を控えて、「バカ息子~~~!!」と怒鳴りまくりの私は、初心をすっかり忘れています(殴)。

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