小島やよいのアートママ奮戦記

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「東京タワー」は泣いた。


公開が始まった映画「東京タワー オカンとボクと、時々オトン」。
2週間前に試写会で観た。
原作も読んでいないし、TVドラマもみていないので
「東京タワー」初体験だったわけだが、(やはり)泣いた。
物語は淡々とじっくり、現在と過去を行ったり来たりしながら進み、
映像も、涙を誘うようにはつくられていないのだけど。
自分と母親とのこと
(私も、えらい親不孝娘で苦労かけてます、いまだに。だから痛いセリフが随所に…)
を思うと同時に、
母親である自分と息子のこと、
いつか来る、母と自分、自分と息子の別れのことなど
を思ってしまう。


プレスとかチラシで気になった写真—
「ボク」と「オカン」が手をつないで道を歩いている。それだけなのに何か気になる。
と思っていたら、(やはり)重要なシーンだった。
かつて、幼い「ボク」と「オカン」が手をつないで歩きながら
歌った「とおりゃんせ」につながる、のだ。

息子と母親が手をつないで、病院への道を歩く。
一緒に外を歩くのは、これが最後。
母親に手を引かれていた息子が、いま母親の手を引いて、
「とおりゃんせ」の鳴る横断歩道を渡る。

息子を育てるとは、こういうことなのかなあ。
と、思ったのだ。
私も最近はよく、息子と手をつないで歩く。
その小さい、あたたかい手の感触が、この手にあるのはいつまでなんだろう。
と、ふと思うことがあって(いま書きながらも泣けてくる)。

「オカン」樹木希林の若い頃を、彼女の娘である内田也哉子が演じているのがよかった。
2人とも、母親として生きているというリアリティが、自然ににじみ出ていた。
「ボク」オダギリジョーは、だらしなくてもこぎれいだなあ。
でも葬式でただ泣きじゃくるところなど、なかなかよかった。
映画にとってのリアリティ、ということをちょっと考えた。
長島有里枝さん撮影のメイキング本、気になります。

そうそう、原稿の締め切りは、たとえ母が亡くなっても守らなければいかん。
これも痛かったです…。
そして東京タワーを見上げつつ、おでんくんは今日もおいしく煮えているかな?

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