小島やよいのアートママ奮戦記

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安斎重男「私・写・録」@国立新美術館

遅ればせながら、
9月8日付の東京新聞朝刊文化面で展評を書きました。

アート・ドキュメンタリストの安斎さん。
1970年から,現代美術の伴走者として、現場を撮り続けています。
36年間にいったい何枚の写真を撮ったのか!?
もはやご本人も正確な数はわからないそうで。
展覧会や作品の記録、
作家のポートレイト、
どれも貴重なのですが、その圧倒的な集積がすごい。

日本国内で撮った写真に限り,その中から厳選された約3000点。
会場では、壁に年代順に貼られた写真をじっくり、時間をかけて
観る人が多く見受けられます。

そして毎週土曜日、午後2時から安斎さんのトークがあります。
第1回のトークを聴きに行って、すごくおもしろかった。
ぜひ、土曜日に、お話好きな安斎さんの「現場の裏話」を
聴きに行ってみてください。
安斎さんに質問もできますよ。

10月22日まで。
http://www.nact.jp/

anzai2.jpg

そびえ立つフィルムケースの塔。

安斎さんの第1回目のトーク「アーティストからアート・ドキュメンタリストへ」。
anzai1.jpg

安斎さんは石油会社の研究所に勤めた後、絵を勉強し、
アーティストへの道を歩み始めていた。
その頃の絵も見せていただいた。からす口で描いた繊細な絵。
安斎さんの知られざる一面である。
1969年頃のこと。当時、李兎煥など「もの派」を中心とする先鋭的なアーティストたちとの
交流が始まり、
おりしも1970年には伝説的な展覧会「人間と物質」@東京都美術館が開催されて、
リチャード・セラやダニエル・ビュラン、ヤニス・クネリス、マリオ・メルツ、といった
蒼々たる海外作家が来日。
安斎さんは制作展示のアシストという仕事を頼まれ、その仕事のかたわら、
彼らの制作を記録していった。
セラの作品設置のための、上野公園の管理人との交渉の話など、すごくおもしろい。
現代美術の作品の実現には、作家本人だけでなく、関わる人々の協力が不可欠だ。
作品を観て、なんでわざわざそんなことするの?と思う人も多いだろうけど、
作家が熱意と信念を持って,実現しようと努力しているのを見ると、
一緒に汗をかこう、と思ってしまうのだ。
安斎さんが、そうやって作家たちの「片棒を担ぎながら」巻き込まれていって、
「なんだ、これ」から「すごくおもしろい。こいつ、すごいな」と、
現代美術の現場にハマっていった、
その出会いとプロセスは私自身も重なるところがある。

私は1987年から現代美術に関わっている。ので、今年で20年(!)。
たまたま南條史生さん(現 森美術館館長)に紹介されて、
独立したばかりの南條さんの事務所で、アルバイトを始めたのだけど、
それまで美術が好きだったものの、現代美術に関してはウォーホルと
リキテンスタインくらいしか知らず、作家の名前の読み方から始まって,
基礎の基礎から勉強しつつ仕事していた。
勉強と言っても現場知識だけど。
ちょうど名古屋にICA, Nagoyaというスペースを立ち上げ,
そのディレクターとして南條さんがクネリスの個展を準備していた。
ICA東京事務所には、逢坂恵理子さん(現 森美術館、前 水戸芸術館現代美術ギャラリー芸術監督)も加わって、
今思えば本当に贅沢な環境で、20代後半だった私は、様々なことを学んでいった。

で、ICA, Nagoyaで出会ったのが、いきなりクネリスである。
鉄板に新聞紙を突っ込んだり、花を挟んだりしていた。
カタログには、生きた馬をギャラリーに連れて来て展示してる写真とかもあって、
「へえーそれが作品になるのか」というような感じ。
あるとき、東京で,滞在費を渡しに行ってきて、とお使いを頼まれる。
「クネリスはギリシャ人で、英語もフランス語も話さないけど、奥さんはフランス語なら少しわかるから」
というので、帝国ホテルのロビーで、つたないフランス語で話した。
哲学者のような風貌のクネリスと、にこやかでステキな奥様。
二人とも、品格があった。

現代美術っておもしろい。
アーティストって、なんかすごい。
これが,私の原点である。幸福な出会いだ。

ICA, Nagoyaではクネリスの後、ジュリオ・パオリーニ、エドワード・ルシェ、
マリオ・メルツ、ダニエル・ビュラン、
河原温のデイト・ペインティングと、同年の他作家の作品を並べる展覧会、
クリスチャン・ボルタンスキー…と、すごい企画を次々と実現した。

特に印象深いのはマリオ・メルツ。
大きな体で、顔はいかめしく,いかにも恐い。
体調があまり良くなく、途中で「腰が痛い、もう何もできない」。
困っていると、「アンザイを呼べ。アンザイがきたら治る」
と言い出したのだ。
「え、安斎さんって写真を撮る人でしょ?」と思ったのだけど、
急遽、東京から名古屋に飛んで来てくれた安斎さんが、
よしよし、と寝そべるマリオにマッサージを施すと、元気になってしまった。
「なんちゃってイタリア語」に思えるイタリア語で、
「マーリオー、マリーッサ」と抱きつく明るい安斎さん。
彼のエネルギーが、マリオを甦らせたのである。

そうか、安斎さんって写真を撮るだけじゃなくて、作家の友だちで、
彼らを元気づけたり、作品をつくる場を盛り上げたりする人なんだ。
と、ようやくわかり、
現代美術って、作家だけじゃなくていろんなおもしろい人が関わってるんだな、と思った。

なんだか、安斎さんのドキュメントを観て、話を聞いていたら、
いろんなことを思い出し、私の昔話まで書いてしまった…。
マリオはもう、この世にいない。

今回、改めて、安斎さんの原点は、まず作家への共感と好奇心、作品へのリスペクトなんだ
ということが伝わってきて、嬉しかった。
だから安斎さんの「パーソナルな視点で記録したアーカイヴ」であり、そこに意味がある。
この36年間のアートシーンを網羅したり、話題になった作家をすべて記録したりしているわけではない。

ところで東京新聞に、字数の関係で書けなかった大切なポイントがある。
今回展示された安斎さんのドキュメントは、アーカイヴとして国立新美術館に収蔵される
ことが決まっている。公開、活用の方法はまだ決まっていないそうだが、
公の機関が安斎さんの活動を認めたことは喜ばしい。
なにしろその場限りで消えてしまうインスタレーションや、パフォーマンス等、今となっては写真でしか見られない。
そして、作品や作家だけでなく、その「現場」の空気までをも伝えてくれる安斎さんの
ドキュメントは、すべての人の貴重な財産であることに間違いないのだから。

作家が作品を生み出す現場。
展覧会が立ち上がり、新しい流れができていくのを感じる現場に、立ち会い、目撃する。
現代美術に関わっていて、至福を味わう瞬間である、とつくづく思う。

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